前ページの冒頭でせっかく「エル」と呼称を定めたというのに、まだしばらく仮面の男の話が続く。
                エルの話をするためには、まず情報が多い仮面の男の方から固めていく必要があるのだ。
                エルの話を期待していた人には大変申し訳…いや。
                残念だったね。
            
                さて、Arkなど5曲の冒頭のセリフの真意に迫るために、その内容について考える。
                具体的には「私のエリス」が何を指すのか、である。
            
                前ページの時点でも、これは曖昧だった。
                仮面の男が理想とする少女なのか、エルのことなのか。
                仮にこれがエルのことを指すのなら、エルの正体を探るための重要な手掛かりとなるはずだ。
                しかしそうでなかった場合は、むしろ混乱の元になるだろう。
                この点は慎重に見極める必要がある。
            
                このセリフが発された時点だけで特定するのは困難なので、仮面の男が求めたものについて順を追って考えていく。
                その前に前提だが、「私のエリス」がエルのことを指す、という結論を導き出すのが目的となる。
                これが仮面の男にとっての理想を指す場合、やっぱり仮面の男の頭はくるくるぱーだったんだね、というだけで話が終わってしまう。
                大変つまらないし、エルの正体からも遠ざかる。
                無理にねじ曲げて結論を出す気はないが、そのつもりで。
            
                まず最初、仮面の男の少年時代。
                「エルの肖像」において、肖像画の少女に恋をし、自身にとっての理想の少女とした。
                補足で少し触れたが、肖像画に描かれていた見た目以外にも、少年の思い描く理想がこの時形成されたと考えられる。
                見た目以外の詳細は不明だが、少なくとも少年がこの時点で求めているのは完全に空想上のもの、まさに「理想」の少女である。
            
                少年は成長して大人になり、例のやばい計画を開始する。
                そしてエルが生まれ、地道に洗…教育を行ない、計画を完遂、ついに男は理想を現実のものとし、求め続けていた少女と結ばれた。
                「エルの天秤」以前の出来事である。
                「エルの楽園[→side:E→]」の歌詞に「愛を知った日の 温もり忘れない」なんてある辺り、肉体関係があった可能性もありそうだ。
                病弱な少女にそんなことするだろうかという疑問はあるが…それは今はいいだろう、ロリコン。
            
                ともかく、理想を手にしたはいいが、少女の体は弱く、その治療費を稼がなければならなかった。
                ここで求めているのは金、それによって維持できるエルとの生活、つまりエル自身と言える。
                「エルの楽園[→side:E→]」の歌詞に「廻るように 浮かんでくる 愛しい笑顔 すぐ其処に」ともあるし、命の危機に瀕していてもエルのことを愛しく思っていることが伺える。
            
                ここからが重要だ。
            
                仮面の男は刺され、死ぬ。
                そして気がついた時、仮面の男は死後の世界にいた。
                この時の仮面の男の心中たるや、いかなるものか。
                死後の世界が実在するとは。
                ここがいわゆる地獄だろうか。
                これは生前の所業の報いか。
                ずっとこのままなのだろうか。
                いやそんなことより。
            
                エルがいない。
            
                おそらく仮面の男にとって、一番の問題はそこだろう。
                ついに手にした理想と引き離されてしまった。
                何よりもそのことが、仮面の男には苦痛だったと思われる。
                そして仮面の男は「彼女こそ、私のエリスなのだろうか」と、また求める旅に出る。
            
                この時求めていたものが、少年時代に求めていた理想だったとしても、それほど違和感はない。
                エルはいなくなってしまった、なら別の少女、また理想を求めるところから、というわけだ。
            
                しかし、仮面の男はそのような考えで行動を起こすだろうか。
                おまけにも書いたが、仮面の男は合理的な思考の持ち主である。
                例のえぐい計画以外にも、そういう振舞いは見受けられる。
            
                エルのために悪事を働いて金を稼いでいた、という点だ。
                これは大金が必要というのはもちろんだが、人間関係を作りたくなかった、というのも理由の1つではないだろうか。
                普通の仕事に就き、他者と関わりを持ち親密になれば、自身の娘と結ばれていることが露見する可能性がある。
                もし露見してしまった場合、その生活が崩壊してしまう危険がある。
                その危険を回避するためにも、親密な人間関係が発生しない類の仕事で金を稼ぐ必要があったのではないだろうか。
            
                第一、自分の理想がそう簡単に手に入らないことは、例の計画を実行した仮面の男自身がよく知っているはずである。
                そう考えると、自分の理想を他者に直接求めた結果の行動、というのはあまり仮面の男らしくない、と私には思える。
                なら、仮面の男はどういう意図で行動を起こしたのか。
            
                順を追って考えて行こう。
            
                仮面の男は、自分が死んでしまったことに気付く。
                自分が死んだら、エルを治療する人間がいなくなる。
                仮面の男が用意周到な人物なら、エルを治療するための薬かなにかの備蓄はあるかもしれない。
                エル自身がそれを使うことで、生き長らえることはできるだろう。
                しかし、継続的に大金を必要とする辺り、豊富な備蓄があるとは考えにくい。
                また、エルは体が弱いため、エル自身が金を稼ぐというのも現実的ではない。
                そのため、どう足掻いてもエルは近い将来死んでしまうだろう。
            
                エルが死んだら、自分と同じように死後の世界に行くだろうことは容易に想像できる。
                しかしその一方で、自分と同じ場所には来ないだろうことも、仮面の男には分かっていたはずである。
                なぜなら、仮面の男は生前に罪を犯したため、地獄にいると考えられる。
                一方、エルは生前に罪を犯していないため、天国に行くと考えられる。
            
                自分が今いるのが地獄であると、仮面の男は確信しているわけではないだろう。
                死後の世界は1つしかなく、死んだ人間は全員同じ場所に送られる可能性も考えられる。
                しかしながら、罪を犯した自分がそうでないエルと、死後も一緒にいられるなどという、そんな都合のいい話はないだろう、と考えていてもおかしくはない。
                とはいえ、これでは愛しい娘とは永遠に引き離されたままであり、とても耐えられない。
                どうにか再会できる可能性はないか、仮面の男は考える。
                そして、一縷の望みを見出す。
            
                ところで、仮面の男にとって死後の世界が存在していることは想定外のことだったはずだ。
                というか、死後の世界が本当に存在していると思っている、その存在を確信している、なんて人はいないだろう。
                敬虔な宗教家なら別だろうか?
                それでも、その存在を実際に観測した人、となるとまず存在しないだろう。
            
                死後の世界は実在していた。
                ならばその後どうなるかについて、仮面の男は1つの可能性に思い至る。
            
                生まれ変わりである。
                もし生まれ変わりが起きるなら、天国へ行ったエルもまた生まれ変わるはずだ。
                生まれ変わったエルがなんらかの罪を犯し、死んだなら、地獄へとやってくるのではないか。
                そうすれば再会できる。
                これが、仮面の男が見出した一縷の望みである。
            
                不確かな部分が多く、藁にもすがるような話ではあるが、一応は理にかなっていると言えないだろうか。
                それに、生まれ変わったエルが罪を犯すであろうことは、仮面の男には思い当たる節があったのだ。
            
                自分がエルに教え込んだ理想については、おそらく生まれ変わる際に忘れてしまうだろう。
                しかし、先天性についてはどうだろうか。
                その魂が元々持っている性質が生まれ変わった後も変わらないとしたら。
                今生と違い健康に生まれたなら、エルは罪を犯すはず。
                仮面の男は、エルが先天的に狂気を抱えていることを知っていたのだ。
            
                だからこそ、仮面の男はどこかおかしい少女たちを見て「彼女こそ、私のエリスなのだろうか」と思ったのである。
            
                そしてこの時仮面の男が求めているもの、それはまさに自身の娘だったエルに他ならない。
                自分の理想ではなく、エルが生まれ持った先天性から、エルを求めたのだ。
                こう考えると、死後の世界での仮面の男はもはや少年の頃の理想を追ってはいない。
                理想が結実した時、仮面の男の理想はそれが結実した姿、つまりエル自身へと変化したのではないだろうか。
            
                「彼女こそ、私のエリスなのだろうか」というセリフが元々の理想を指していない、とする根拠は一応他にもある。
                それは、このセリフそのものである。
                このセリフは、Arkなど5曲の冒頭に存在する。
                ということは、少なくとも5人中4人は「私のエリス」ではなかった、少なくとも確信には至れなかった、と考えられる。
                もし「私のエリス」を見つけた後だったら、「彼女も私のエリスに似ている」といった具合にセリフが変化するはずである。
            
                それで、「私のエリス」の可能性を見出しておきながら、確信に至れなかったのはなぜか。
                これが理想という不確かなものなら、理想の方を寄せる、つまり多少妥協することで「私のエリス」だ、とすることもできたはずである。
            
                仮面の男は完璧主義で、わずかな違いでも納得できなかった、という可能性はありえる。
                それでも最低4人も連続でとなると、少々妙である。
                それならむしろ、確かなモデルが存在していたと考えた方が自然ではないだろうか。
                確かなモデルとは、つまりエルのことである。
            
                仮面の男はエルの先天的な狂気について知っていた。
                だが、その全てを正確に把握していたわけではない。
                少女たちの振舞いからエルに近いものを見出したが、本当にエルが生まれ変わった姿なのかは確信が持てなかった、ということである。
            
                根拠とするにはいささか説得力に欠ける気もするが…どちらとも取れるのだし、仕方あるまい。
            
                というわけで、前ページで出した候補の中で言うなら、エルは危険人物だった、というのが私の考えである。
                もっと言うなら、その危険性は仮面の男の影響ではなく先天的な、エルが生まれ持った性質である。
            
                しかし、この考えは仮面の男がエルの狂気を知っていたことが前提となっている。
                だが、仮面の男がいつエルの狂気を知ったのか、これは不明である。
                そもそも、エルが狂気を抱えているかどうかからして根拠がない。
            
                よって、現時点におけるこの考えは、根拠に欠ける憶測に過ぎない。
            
                最後に少し補足。
            
                この考えでは仮面の男はエルの生まれ変わりを求めるわけだが、それにはかなりの時間がかかりそうである。
                生まれ変わるのにどれだけかかるのかは分からない。
                そこを考慮しなかったとしても生まれて成長し、罪を犯して死ぬまで短く見積っても10年、普通に考えれば20年近くの歳月を必要としそうである。
                そんな長い間、仮面の男はずっと待ち続けたのだろうか、というのは少々疑問だ。
                やたらと時間がかかる例の計画を完遂させている人物なので、そのくらい苦でもなかったのかもしれないが。
            
                死後の世界で仮面の男が意識を取り戻した時点で、死亡時からそれなりの年月が経過していた、と考えればより自然に考えられそうだ。
                仮面の男が気がついた時にはすでにエルは死亡しており、生まれ変わって少女と呼べる年齢まで成長していそうなくらい年月が経過していた。
                それなら、長期間待たずとも行動を起こしてもおかしくない。
                もっとも、死後の世界でどのように年月の経過を知ったのかは分からないが。
                そのような仮定で行動していた、と考えてもいい気がする。
            
                仮面の男はエルの面影を見た少女のそばに出現できているようだし、その時にカレンダーや新聞かなにかを探して日付を確認したのだろうか。
                あるいは日付を確認するためだけに現世に出現していた可能性もありそうだ。
                どっちにしろあまりかっこよくはないなぁ。