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個人研究 - Sound Horizon - 今更Elysion考察

仮面の男が見たエルの狂気・2つの仮説


前ページで、仮面の男が死後に求めていたのは本来の理想ではなく、それが結実した姿のエルであると述べた。
その根拠は、仮面の男がエルの先天的な異常性を手掛かりにエルを求めているからである。
しかし、その先天性を仮面の男がいつ知ったのか、そもそも先天性の存在自体が不明であり、このままでは憶測に過ぎない。
これも前ページで述べた通りである。

憶測を考察に含めるわけにはいかない。
レギュレーション違反というやつである。
よって、根拠を確かなものとするために、仮面の男が見たエルの狂気について明らかにする。


ちなみに、エルが本当に狂っているのかどうか、これは重要ではない。
エルの言動や仕草などが、仮面の男には奇妙に見えたことが重要である。
極端な話、エルは実際にはまともなのに、仮面の男はエルが狂っていると錯覚、勘違いした、というのでも十分成り立つのだ。

そこまで極端なことにはならないだろうが、仮面の男はエルの狂気を正確には把握していない可能性がある、と前ページで述べた。
エルが抱える狂気の本質と、仮面の男が捉えたものの間には隔たりがある可能性は高い。


では早速、仮面の男はエルに何を見たのか、と説明に入りたいところだがちょっと勿体つけさせてほしい。
というのも、この点は私が考察を進める上で一番難しかったところなのだ。

その理由は簡単で、仮面の男とエルが生前に接触してる場面はElysionの中でも2曲+αしかないためである。
単純に情報が少ないのだ。

それで、私自身が納得できる結論を出すまでに、仮説を2つほど思い付いた。
その内容と、不採用とした理由について説明する。
私の考えには採用できなかったが、せっかくなので書いておく。
これを読んだ人の考察の幅を広げる一助にでもなれば幸いである。


まず1つ目。
エルは最初から、日常的におかしかった。
具体的にそれを示す場面は出てこないが、それなら仮面の男が目撃していてもおかしくない。
死後、おかしな女の子に目を付けるのも納得である。

しかし、見た目こそ理想だが頭がおかしい少女というのは、仮面の男の理想なのだろうか。
最初に引っかかったのはそこだ。
仮に違うとすれば、エルを自身の理想が結実した姿とは認めないはずである。
そうなると死後にエルを求めなくなるし、そもそも生前にとっとと見切りを付けて次に移るのではないだろうか。
とはいえ、前にも述べた通り仮面の男の理想は見た目以外一切が不明のため、否定はできない。

そこは目を瞑るにしても、これでは仮面の男がエルの狂気を長期間観察できてしまう。
完全にとは言えなくても、狂気をそれなりに把握できそうである。
その場合、特徴が異なるArkなど5曲に登場する少女全てに、エルの面影を見ることはできないのではないだろうか。


この2つの問題を解決するために、仮面の男にとっての理想がエルとして結実した後、エルが狂気を見せ始めた、というのも考えた。
ちょっとぐらいおかしかったところで仮面の男は許容した、ということである。

しかし、エルにそんな駆け引きができるだろうか。
もしエルが学校に通うなどして多くの他者を知る機会があり、他者と比べて自分がおかしいことに気付けたなら可能かもしれない。
自分がおかしいことに気付いたが、仮面の男に好かれたいがためにそれを隠したわけである。

だが実際にはエルは仮面の男と2人きりで暮らしており、得られる情報と言えば仮面の男からの自身の理想となるための英才教育と絵本くらいなものである。
エルが自身の異常性に気付いていたとは考えにくく、なら駆け引きをするきっかけ自体がないのである。

大体こんなところか。
あまり使い物にならない考えでがっかりしただろうか。
申し訳…残念だったね。
もう1つの方はもう少しましなので、怒らないでほしい。


それでは2つ目。
エルはArkなど5曲に登場する少女たちみたく、狂気的な理由から殺人を犯した。
仮面の男はそのことに気付いたが、すでにエルが自身の理想として結実していたためかあるいは別の理由か、それを受け入れた。
死後、仮面の男が少女たちにエルの面影を見たのは、まさに同じようなことを生前のエルが行なったためである。

1つ目と大差なく根拠のない妄言じゃないかと思うかもしれないが、こっちはそれなりに肉付けができる。
まずエルが誰を殺害したのかだが、その前に少々疑問だったことについて述べる。


仮面の男の奥さんはどこに行ったのだろうか。
「エルの楽園[→side:E→]」の冒頭のセリフで、仮面の男に生涯愛することはないだろうと言われてしまった「彼女」である。
他の考察では仮面の男=オルフェウスで、エルの母親=ラフレンツェとなっていることも少なくないが。
しかし、ラフレンツェは「エルの絵本【魔女とラフレンツェ】」にしか登場しないし、「彼女」がラフレンツェでなくても、「彼女」自体そのセリフくらいでしか登場しない。

なら、エルが生まれた後に離婚するなりしたんだろうと考えられるが、そうしなかった可能性はないだろうか。
エルの体の弱さは生まれつきで、仮面の男が治療費を稼ぐ間、家でエルの世話をする人が必要だった。
内心は愛していなくても、そんな感じの理由で仮面の男、「彼女」、エルの3人暮らしを続けていた可能性もありそうである。

にも関わらず、なぜ「彼女」は全く登場しないのか。
それは「エルの楽園[→side:E→]」以前にエルに殺害されたためである。


殺害した理由は、エルが仮面の男を異性として愛してしまい「彼女」に嫉妬したためか、仮面の男の意図を汲んでしまったためか、まぁ大体そんなところだろう。
殺害方法は不明だし、エルはまだ幼いと思われる上、体も弱い。
証拠不十分及び、年齢に対する殺害遂行能力に疑問の声が上がりそうである。
とはいえ、寝込みを襲うなどすれば不可能とは言えないのではないだろうか。

しかし、殺害はできても屍体の処分、隠蔽はまず無理だろう。
そのため、例えば仮面の男がやばい仕事とかで外出してる間に犯行が行なわれたとしても、帰宅すれば仮面の男は「彼女」が殺害されていることに気付く。
そしてこの家には3人しか住んでおらず、自分がやってないのなら殺害したのはエルだと気付く。
そのような状況にも関わらずエルが普段通り接してくるとか、殺害をうれしそうに報告してくるとかすれば、仮面の男はエルの異常性に気が付くだろう。

それなら、最終的に「彼女」の屍体は仮面の男が処分したのだろうか。
そして、その後のエルが常軌を逸した態度を取っていた根拠はあるのだろうか。


結論から言えば、「彼女」の屍体は処分されなかった。
家の中で殺害され、仮面の男が発見した後もそのまま放置されたのだ。
仮面の男は「彼女」を愛さなかったため、そのような行動を取っても不自然ではないだろう。

では、なぜ「彼女」の屍体は処分されなかったと言い切れるのか。
それは、エルの傍らに屍体が横たわっているためである。
そう、「エルの楽園[→side:E→]」の歌詞にある、「少女にはもう見えていないのだ 傍らに横たわるその屍体」である。
「屍体」とは「彼女」の成れの果てだったのだ。

この「屍体」、普通に読むとそれまでエルと談笑していた仮面の男がついに力尽きたもの、と考えられるはずである。
しかしながら、「屍体」が誰であるかまでは言及されていないし、これがいつ横たわったのかについても同様である。
仮面の男がついさっき「屍体」となったというのはミスリードなのだ。
この家に住んでいた3人目、つまり仮面の男の奥さんである「彼女」がもっと以前に「屍体」になったという可能性もあるのではないだろうか。

そのような状況にありながら、傍らに横たわる屍体を気にもかけず自身と談笑を続けるエル。
これが仮面の男が見たエルの狂気である。


いや、仮面の男だって「彼女」の屍体をスルーしてるし、いい勝負というかお似合いというか、なんというか。
死後、その情報を元にエルを求めるとか、自分の事を棚に上げていいご身分である。
殺害された時期によっては、腐乱死体となってしまって異臭を発したりハエがたかったりしていそうだが…愛しあう2人には瑣末なことなのかもしれない。
やだなー、怖いなー。

厳密に言うなら「少女『たち』にはもう見えていないのだ」が状況としては正しいと思う。
しかし、ここでは文脈的にエルの行動について言及しているので、「少女」で問題ないだろう。


さて、案外辻褄が合いそうなエルは殺人犯説だが、決定的な矛盾がある。
それは、エルが殺人を犯してしまっている、ということである。

生前、様々な悪事に手を染めた仮面の男は、死後地獄と思われる場所へと送られた。
なら、殺人を犯したエルも同じ場所、地獄へと送られるのではないだろうか。
その場合、仮面の男がエルの生まれ変わりが地獄へ来るのを待つ、というのは妙である。
まず、自分と同じように地獄へと送られてきたエルを探すはずなのだ。

それでどうしても見つからなかったなら、もう生まれ変わったと踏んでそちらに期待するかもしれない。
しかし、その前に取るべき行動が全く取られていない、というのは不自然である。


ならば、「彼女」を殺害したのは仮面の男であり、エルはそれに気付くも全く気にしなかった、とすればどうだろうか。
これならエルは罪を犯していないため、地獄に行くことはなさそうである。

しかし、これは仮面の男が、エルがおかしいと知っていなければ取れない行動である。
自分の母親が父親に殺されている、そんな異常な場面を目にして、平気でいられる子がおいそれと存在するものだろうか。
そんな非常に低い可能性に期待するのはリスクが高すぎる、というよりリスクしかない。
殺害する必要があったとしても、エルに気付かれないように実行するはずだ。


実は仮面の男は重傷を負ったものの死なず、死んだのはエルだけ、という線も考えた。
エルの傍らに横たわっていた屍体が仮面の男でないとするなら、仮面の男は死ななかった可能性も十分ある。
エルを求めて少女たちにその面影を見ている時、仮面の男は生存しており、生身の人間だったのだ。

しかしそれでは、仮面の男は死後の世界を見てもいないのに生まれ変わりの可能性を考えていることになる。
これでは完全にやばい人である。
やばい人なのは元からだったが。


生まれ変わりを本気で信じてしまうやばい人だったとしても、まだおかしい点はある。
仮面の男が死んでいないならエルの治療を続けるはずで、ならばエルもまた死なないはずなのだ。
エルが死んでいないのであれば、仮面の男がエルを探しに行くところからしておかしい。

仮面の男が負った傷は致命傷ではなかったとしても立っていられなくなるほどの重傷で、そのため治療費を稼ぐことができなくなり、その結果死亡したと考えることもできる。
仮面の男はエルの治療を続ける必要がある都合上、自身の治療のために病院に行けたかどうかも怪しいためだ。

そんなことしたら入院させられる可能性があるし、背中を刺されてる都合上傷害事件の疑いから警察呼ばれて事情聴取されるかもしれない。
なんやかんやで露見させるわけにはいかないエルの治療は遅れ、手遅れになってしまう可能性がある。
エルを露見させるわけにはいかない理由は前にも述べたが、ここでは更に「彼女」殺害の件もプラスされる。
露見したらエルは確実にお縄だし、なんなら仮面の男だって今までの悪事が露見してお縄だ。
2人仲良くお縄である。

これらのリスクを負うくらいなら、自宅でなんとか自力で治療すると考えられるが、そうなると回復は遅れるだろう。
その結果仕事に行けず、エルの治療手段の備蓄も尽きるとすれば、エルは死亡することになる。


ここまで考えればようやく辻褄が合いそうだが、やはり矛盾は生まれる。
「エルの楽園[→side:E→]」で、なぜエルと仮面の男は楽園について談笑しているのか、である。

談笑は仮面の男が刺され、帰宅した後に行なわれている。
それは2人が、少なくともどちらかの死を予感したからこそ行なわれたものと考えられるが、これでは2人ともその時死ぬことはないはずである。
なら、そのような内容の談笑が行なわれることには違和感がある。


とまぁ、エルは日常的にやばい子説と、エルは殺人犯説という2つの仮説を思い付いたものの、どうしても矛盾が生まれてしまうため不採用とした。
前者はともかく、後者はなんだかおもしろく発展させられそうである。
特に、仮面の男が生存している可能性がある辺りだ。

不採用としたこの2つの仮説から言えることは以下の通りである。

これらの条件を満たす、第3の説が必要となる。


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