エルの不可解な行動において、楽園は2箇所存在すると説明した。
その時点ではそれ自体に大した問題はなかったし、説明し始めると主題から逸れてしまうため詳しく説明しなかった。
かといって全く説明しないのもどうかと思うので、このページを使って説明する。
まず楽園と呼ばれているものが、具体的にどこを指しているのか。
1箇所目は、「エルの楽園[→side:A→]」で、エルがその正体について述べている場所。
垂直に堕ちることで辿り着ける《奈落》。
《奈落》と書いてABYSSと読む。
もう1箇所は、同曲の中でエルが泣いている誰かに楽園で泣くはずがない、と言っている場所。
この時点ではまだエルは死亡していないはずである。
ならば、その楽園とは現世のことだろう。
作中で明確に示されてはいないが、便宜上ELYSIONと呼ぶべきだろうか。
この辺りは今までの説明にも出てきたし、さほど難しくはないだろう。
さて、2つの楽園の所在は明らかになったが、この楽園というのはどういう性質の場所なのだろうか。
例えば、誰にとっても楽しく、幸せでいられるような、そういう場所なのだろうか。
自分から言い出しておいてなんだが、それはまずないだろう。
なぜなら、そのうちの片方、ABYSSはいわゆる地獄のような場所である。
正体を語っているエルにとっては楽園なんだろうが、大抵の人にとってはそうではないだろう。
また、もう一方のELYSION、こちらは現世である。
死を望むエルにとって、そこは楽園とは呼び難い場所と考えられる。
これらのことから、楽園と呼ばれている2つの場所は、誰もが等しく楽園と思える場所ではないのだろう。
特定の誰かにとって望む条件を満たしている場所、と考えられる。
誰かとは誰を指すのか、望む条件とは何か。
その辺りから、2つの楽園の具体像について考える。
ABYSSについてはこれまでの説明で明らかだろうから、簡潔にまとめる。
ABYSSを楽園と考えているのはエル。
エルにとって、ABYSSを楽園たらしめている条件は以下の通り。
ではELYSIONについてはどうだろうか。
ELYSIONを楽園と考えているのは、エルに呼びかけられている泣いている誰か。
とすれば、その人物は仮面の男だろう。
仮面の男にとって、ELYSIONを楽園たらしめている条件はなんだろうか。
おそらく条件はたった1つ、愛する人と一緒にいられるという、エルと同じ条件だろう。
しかしながら、それには様々な問題が付きまとう。
親子で愛し合っていることが他者に知られれば困ったことになる。
また、エルが他者と関わりを持てば、その他者と惹かれ合ってしまうかもしれない。
加えてエルの体の都合上、一緒に外出することも難しいはずだ。
そう考えると、現世全体が仮面の男にとっての楽園というわけではないのだろう。
仮眠の男にとっての楽園、ELYSIONというのは現世の中の、エルと仮面の男が暮らしている家だと思われる。
エルと仮面の男の暮らす家は楽園。
仮面の男はエルにそのような話をしたことがあるのだろう。
だから、エルは仮面の男に対して「楽園で泣くはずない」と言うことができたのである。
しかしそうなると、このセリフには若干嘲りが含まれていそうである。
この家はお父様にとって楽園なんでしょう?
その楽園で泣くなんて、おかしなお父様ね。
そんな具合である。
作中において、仮面の男とエルは愛し合い、結ばれる。
生前はもちろん、死後も同様だった可能性がある。
そこだけ見れば、親子間の恋愛とかエルの体調とか、それに付随する仮面の男の悪行とか色々あるものの、なんとうらやましい関係だろうか。
しかし、2つの楽園の件を考慮すると、2人の関係はまた違った感じに見えてくる。
仮面の男にとっては現世でエルと一緒にいることが幸せ。
エルにとっては死後仮面の男と一緒にいることが幸せ。
仮面の男が死後エルと巡り会えたなら、エルの幸せに沿う形で幸せを求めようとするかもしれない。
それでも、エルから直接教えてもらったり、他のなんらかの要因で生まれ変わりの存在に気付いたらどうだろうか。
その場合、生まれ変わったら今度こそは、と再度エルとは違う、現世での幸せを求めるようになる可能性がある。
一方エルは、もはやぶれることなどないだろう。
生きていようが死んでいようが、エルにとっての幸せは死後の世界にしかない。
脆弱な肉体から解放されない限り、現世で幸せを求めようとはしないだろう。
このように、形の上では愛し合っているものの、2人が求めているものは全く違うのだ。
それが珍しいことなのか、よくあることなのか。
それは私には判断しかねるが。
少なくとも私には、あまり望ましいことには思えない。
ところで、44番目のトラックで途切れてしまうために分からない部分がある。
第四の地平線、その真実の名。
この部分だけだと第四の地平線という表現が曖昧だが、似たフレーズが「エルの楽園[→side:A→]」の最後にある。
第四の地平線、その楽園の名は『ELYSION』またの名を『ABYSS』。
ELYSIONとABYSSは別々の場所、というのが私の解釈なので、この表現とは矛盾する。
その矛盾点はひとまず置いておくとして、最初にELYSIONと言っているところから、これは仮面の男が求める楽園の方を指しているのではないだろうか。
だとすれば、その真実の名が告げられる前に終わってしまう理由が1つ考えられる。
ELYSIONが指しているのは現世だが、もっと言うならこの世界なのではないだろうか。
漫画やアニメ、ゲームなんかでは世界に名前が付いていたりすることがある。
どこの誰が定めたのかは分からないことが多いが。
それで、この世界の名前は?
私は知らない。
真実の名が不明で終わるのは、つまりそういうことではないだろうか。
意図的を伏せたのではなく、告げようがないのだ。
今もこの世界のどこかで、退廃的で背徳的な恋物語が紡がれ続けているのかもしれない。
ELYSIONの別名がABYSSとなっている点だが、これはエルにとっての楽園であるABYSSとは関係なさそうである。
仮面の男は紆余曲折の末、エルとの生活、楽園を手に入れる。
しかしその生活は、本来想像していたような幸せなものではなかった。
エルの体を維持するために膨大な資金が必要となり、そのために悪事を働かざるを得ない。
仮面の男に良心があるなら、悪事を働くこと自体が辛いはずである。
また、そのためにエルともなかなか会えない。
エルのための行動なのに、それでエルに会えないのでは本末転倒気味である。
仮面の男にとっての楽園は、実のところ地獄のようになってしまっていた。
そんなところではないだろうか。