Arkに登場する少女に、仮面の男はエルの面影を見出した。
少女のどこにその面影を見たのか述べる前に、まずは話の流れを簡潔に整理する。
ただ、話の流れはよその考察と大して変わらないと思う。
過度な期待はしないでもらえると幸いである。
あるところに『妹』と『兄』がいた。
2人は兄妹同士でありながら愛し合っていた。
だがある日、『兄』は『妹』を拒絶した。
それでも『兄』のことを諦められない『妹』に、何者かがナイフを与える。
与えられたナイフを手に、『妹』は『兄』に詰め寄り、囁く。
「さぁ、楽園へ還りましょう、お兄様」
そして『妹』は『兄』を刺殺してしまう。
『妹』と『兄』、この2人の関係は、素直に読み取るなら近親間での恋愛であると考えられる。
しかし、必ずしもそうであるとは限らない。
義理の兄妹なら血縁上のつながりはないとか、そういうことではない。
全く無関係の人間の可能性もあるのだ。
歌詞の冒頭に、「海馬に手を加えて」というものがある。
海馬というのは脳の記憶に関係する器官である。
何か物事を記憶する際にはまずここを通り、脳に記憶される。
ここに異常が発生すると、それ以降の物事を記憶できなくなったりするそうである。
昔ヒポカンパスとかいうテレビのクイズ番組でそんなことを聞いた気がするというか、そのヒポカンパスとかいうのがどっかの言葉で海馬を意味するんだったような。
少々話が逸れたが、記憶を司る器官に手を加えられた人物がいるのだ。
怪しげな外科手術でもしたのか、あるいは単に嘘を吹き込んだのか、手段は不明である。
また、それが誰なのかについても同様に不明だ。
しかし、この曲の登場人物はそう多くないし、『妹』か『兄』のどちらか、あるいは両方ともである可能性は高いだろう。
そして、どう記憶に手を加えられたのか、やはりこれも不明である。
大切な記憶を消されてしまったのか、それともありもしない記憶を植え付けられたのか。
であるならば、2人が兄妹同士だという記憶は改竄されたものである可能性がある。
なんなら、2人が愛し合っていたという記憶も、果ては『兄』が『妹』を拒絶したという記憶さえも、まやかしかもしれない。
そうなってくると、確実と言えるものはその記憶を元にした行動の部分だけである。
『妹』は『兄』との関係が完全に崩壊してしまう前に、なんとかしたかった。
怪しげな信仰にすがり、その関係者と思われる人物からナイフを与えられる。
「哀れなる魂を大地から解き放つ」ために与えられたそれが、例えば単なるお守りとして与えられたとは考えにくい。
誰かを刺し殺すために与えられたことは明白だ。
誰を刺し殺すことを想定していたのか、ナイフを与えた人物の意図は分からないが。
そして『妹』は、愛する『兄』と楽園へと至るために、『兄』を刺し殺す。
そう考えると、曲中に明示されてはいないが、その後『妹』は自身にそのナイフを突き立て、自殺したのだろう。
これらの一連の流れは、おそらくは『妹』がすがった怪しげな信仰の関係者と思われる人物によって監視されていた。
この結末が望んだものだったのかどうかは不明である。
監視卿の反応を見る限りでは、そうではなさそうだが。
さて、仮面の男はこの『妹』のどこにエルの面影を見たのだろうか。
近親間の恋愛に拒絶反応を示さないところ?
愛した相手と楽園へと至ろうとするところ?
どちらも要因の1つである可能性はある。
しかしながら、もっと決定的な点がある。
それは、『妹』が発したセリフにある。
といっても、そんなもの1つしかないわけだが。
その後の狂気的な笑い声に気を取られてしまいがちだが、このセリフ自体が奇妙ではないだろうか。
楽園へ「還る」。
還るということは、『妹』には楽園から来た、元々そこにいたという自覚でもあるのだろうか。
普通に考えたら、行く、もしくは参るだとか、そういう表現が正しいはずである。
実のところ、情報がないため『妹』がどういう意図でこの発言をしたのかは分からない。
だが、仮面の男がこのセリフからエルの面影を見出した可能性は高いと思う。
なぜなら、エルもこれと似たようなことを言っていた可能性があるからだ。
記憶を失わずに生と死を繰り返しているエルには、自分にとっての楽園、つまり死後の世界から現世に来たという自覚がある。
そのため、死の間際に同じようなセリフを発していてもおかしくはない。
話の流れのまとめに似たセリフを書いたのもそれが理由だ。
自身の死の間際に聞いた、エルの奇妙なセリフと同じようなことを言っている少女。
仮面の男がこの少女にエルの面影を見る原因としては、十分ではないだろうか。