さて、エルが取った行動の中で最も不可解なものについて説明する。
たった1つの不可解な点に1ページも使うのか、と思うかもしれないが、問題ない。
厳密には不可解な点は1つではなく、いくつも組み合わさっているのだ。
むしろ、1ページで説明し切れるかどうか、若干不安である。
エルの最も不可解な行動、それはまさにエルが死亡する、その時の行動である。
曲で言えば「エルの楽園[→side:A→]」の後半、「本当はね…知っているの…」の後だ。
少々長いが、順に見ていこう。
「空は荒れ」から「闇の底へと堕ちてゆく…」までについては前ページで触れたので、その次からだ。
エルは生まれ、痛み、望みの果て、安らぎの眠りを求め、笑顔で堕ちてゆく。
早速だが、おかしくないだろうか。
エルは「堕ちてゆく」のである。
堕ちると言えば、その次に出てくる表現が一致する。
垂直に堕ちれば其処は《奈落》
エルは罪を犯していないため、天国とでも呼ぶべき「楽園」へと召されるのではなかったのか。
これでは、仮面の男と同じ場所に行くことにならないだろうか。
おーい仮面の男、生まれ変わりとか探すまでもなくエルは多分その辺にいるぞ。
天国のような場所、「エルの楽園[→side:E→]」でエルが仮面の男に問いかけていたような「その楽園」は、そもそも存在しないのだろうか。
死亡した人は全員、罪を犯していようがいまいが、仮面の男が堕とされた場所に行くことになるのだろうか。
それならば、エルが堕ちていっているのもおかしくはない。
それについて知るには、エルが堕ちていっている際のもう1つの行動が手掛りになる。
差し出された手に気付かないまま、堕ちてゆく。
手を差し出したのは誰だろうか。
エルは仮面の男と2人で暮らしていると考えられるので、エルを除けば仮面の男しかいない。
しかし、エルが死亡する前に、仮面の男はすでに死亡しているはずである。
死亡した仮面の男の魂がまだその辺を漂っていて、間もなく死亡すると考えられるエルを待っていたのだろうか。
だがそれは妙である。
差し出された手が仮面の男のものなら、なぜエルはその手に気付かないのだろうか。
愛しい相手が差し出している手を、取らないどころか気付いてすらいないとは。
エルは瀕死の仮面の男に対し奇妙な笑みを見せているため、それが仮面の男を憎んでのことだったとしたら、手を取らないことは考えられるだろう。
しかし気付かない、全く興味がないといった雰囲気はどうも噛み合わない。
憎んでいたのなら、憎まれ口を叩いてみたりとか、もうちょっと何かあるのではないだろうか。
そんなことより一番の矛盾点は、エルが堕ちていくのを仮面の男が見ることになる、という点だ。
堕ちていっているエルに手を差し出しているのだから当然だろう。
だとしたら、仮面の男が地獄で最初に行うのはエル本人の捜索である。
エルが堕ちていっているのを見たのなら、これもまた当然と言える。
だが実際には、仮面の男はエルの生まれ変わりを探している。
つまり、仮面の男はエルが同じように堕ちてきていることを知らないのだ。
ならば、仮面の男はエルが堕ちていっている様を目撃していないと思われる。
よって、エルに差し出された手が仮面の男のものとは考えにくい。
差し出された手が仮面の男のものでないとしたら、誰のものなのだろうか。
少し前の場面に戻って考えてみよう。
エルは仮面の男と談笑をしていて、天国のような「その楽園」について問いかけていた。
死んだらそのような場所に行けるんだよ、というようなことを仮面の男が話したのがきっかけだろうか。
地獄のような《奈落》は堕ちていった先にある。
では天国はどこにあるのだろうか。
一般的には空の上とか、ともかく非常に高いところにあると考えられているのではないだろうか。
そんな場所までどうやって行けばいいのか。
そのような話が談笑の中に出てきても、おかしくはないだろう。
そしてその方法は、死亡することで重い肉体から解放されるため、そこまで浮かんで行けるようになるのか。
あるいは、天国から使いの者がやってきて、導いてくれるのか。
エルに差し出された手、それはエルを天国へと導くためにやってきた天使のものではないだろうか。
天国のような「その楽園」は存在していたのである。
そして、エルは罪を犯していなかったため、天国へと導かれる資格があったのだ。
差し出された手が天使のものであるという根拠はない。
しかし、家にはエルを除けば仮面の男しかいないが、その可能性は低い。
また、家を訪ねてくるなどして登場する人物も思い当たらない。
生身の人間とは考えにくいのであれば、その手の正体は超常的な何かと考えるべきではないだろうか。
ともかく、仮面の男と違ってエルには天国から天使が迎えにやってきたとする。
しかし、エルはその手を取らず、地獄へと堕ちていった。
これはあまりにも不可解なことである。
エルは仮面の男に「その楽園」でずっと一緒にいられるのか、と問いかけている。
自分の悪事をエルには秘密にしている仮面の男は、おそらく肯定しただろう。
その場合、エルが死後も仮面の男と一緒にいることを望んだのなら、天使の手を取って天国へ導かれなければおかしいのだ。
だがエルは天使の手を取らなかった。
ではエルは、死後仮面の男と一緒にいることを望まなかったのだろうか。
しかし結果として、エルが堕ちていった先、地獄に仮面の男はいるはずで、一緒にいられる可能性は天国に行くのよりはずっと高いと思われる。
エルの取った行動、そしてその結果も、まるであべこべである。
エルが仮面の男の悪事について知らなかっただろうことは、前ページで述べた。
とすると、エルは仮面の男が天国にいると考えているはずである。
その上で地獄に堕ちていくのだから、エルの望みは仮面の男から離れることだったのだろうか。
ならば、結果として離れることにならなかったのはエルの誤算とも考えられる。
誤算ではなく、仮面の男と一緒にいるために起こした行動とするなら、やはりエルは知っているとは考えにくいことを知っていることになる。
1つは、2つ存在する死後の世界のことだ。
天使に導かれれば天国へ行けること、導かれずに堕ちていけば地獄へ行けること。
そしてもう1つは、仮面の男が天国ではなく地獄にいること。
この2つをエルが知っているなら、仮面の男と一緒にいるために地獄へ堕ちていく、という行動を取ることができる。
確かなことは、地獄へと堕ちていくこと、それはエルの望みであるということだ。
「エルの楽園[→side:A→]」の歌詞にあるため、そこに間違いはないだろう。
最も不可解な行動における奇妙な点は、どちらも前ページで述べた奇妙な点と一致している。
前ページで述べたのは発言や思考における矛盾であり、それはデタラメや妄想の可能性だってあった。
しかしこのページで述べたのは行動であり、しかも結果が伴っている。
もはやデタラメなんかでは済まされない。
これで情報は出揃った。
次のページで、これまでの情報を元にエルの抱えている狂気、その根源を明らかにする。