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個人研究 - Sound Horizon - 今更Elysion考察

仮面の男が収穫を誤った娘に見たもの


Yieldに登場する娘に、仮面の男はエルの面影を見出した。
娘のどこにその面影を見たのか述べる前に、まずは話の流れを簡潔に整理する。

実のところ、5曲の中で私が一番考察を書きたかったのはこの曲である。
書くのを一番最後にしたのはそのためだ。
これを書いたら、他を書く気が起きなくなりそうだったので。
考察を書きたかった理由については後ほど。


娘はある男と結ばれたかった。
しかしその男にはすでに恋人がいたため、その思いは実らなかった。
男のことを忘れられない娘は、男に懇願し一度だけ肉体関係を持つ。
娘はそれで男のことを諦めようとした。
だが結局娘は男のことを諦めることができず、男もしくは男の恋人の首を刈り取ってしまう。


よその考察でありがちな、というか普通に歌詞を読んで考えられる流れはこんなところではないだろうか。
細かい違いはあるだろうが、大体こんな感じなはずだ。

しかし、歌詞の内容から断定できる情報のみで構成しようとするなら、こうはならない。
以下のようになる。


2人の女と1人の男がいた。
娘は2人の女のうちの1人である。
色々あって、娘は首を刈り取ってしまう。


なんだこれ、と思ったかもしれないが、これは仕方のないことである。
Yieldは他の4曲と比べても、はっきりしないことが多すぎるのだ。
どこもかしこも比喩だらけで、その具体的な内容はよく分からない。

娘が恋人のいる男に横恋慕しているとする根拠は、不毛な行為、恋などと歌詞にあるからだ。
しかし、その恋の対象が男に対してなのかは断定できない。
というか、男に恋人がいるとする根拠も、その歌詞ぐらいしかない。

肉体関係を持った、あるいは持ちたかったのは誰なのかもはっきりしない。
少なくとも女であることは確かだろうが、女は作中に2人登場する。
娘ではないもう1人である可能性もあるはずだ。

娘が首を刈り取る点についても、やはりはっきりしない。
3-1+1-2という数式の、-1で1人の首が刈り取られたとする考えが一般的だと思うが、そうではないかもしれない。
歌詞カードの裏表紙では、2人の首が刈り取られているからだ。
これは未確認情報だが、イラストはデザイナーが曲を聴いた後イメージで描いたものであるらしい。
何かを決定付ける根拠にはならないのだ。
しかし、首が刈り取られたのは2人とする考え方もできる、ぐらいは言えるだろう。


曖昧な表現をどう捉えるか、それはこの曲を聴いた各個人に委ねられているのだろう。
Yieldは他の4曲より圧倒的に自由度が高いのだ。
辻褄さえ合えば、実に様々な解釈ができる。
それがこの曲の考察を書きたかった理由である。

そして、一般的にありがちな話の流れで考えると、どうにも娘にエルの面影を見出すことができない。
エルは仮面の男に横恋慕していたわけでもないし、首を刈り取るようなこともしていない。
思い人に直接危害を加えるという構図自体、ArkやStarDustでも同じようなものがある。
Yieldもそうだったとすると、正直またか?という感じが否めない。
私だけではなく、仮面の男もそう思うのではないのだろうか。
こういうのさっきも見たよ、じゃあエルじゃないや、といった具合である。

というわけで、想像力を働かせて矛盾が生じないように、そして娘にエルの面影を見出せるように、話の流れを考えた。


娘には男と女の知り合いがいた。
男は誰にでも優しく、女は男のことが気になっているようだったが、男の方は女を特別視しているようには見えなかった。
娘はそんな2人のことをお似合いだと思っていた。

2人の仲を進展させるべく、娘は様々な根回しをした。
いっそ押し倒してそのままくっついちゃいなさいよ、と思うこともあった。
娘は2人が仲良くしているところを見られるだけで幸せだった。
男は裏で色々手を回している娘にも親しげに接してくるが、娘は内心私よりもあの子と仲良くしてなさいよ、と思っていた。

2人の仲は徐々に進展しているようだが、なおも男は娘にも気さくに接しており、そのことは娘を不安にさせた。
もし男が自身に気があるんだとすれば、あの子はどうなってしまうのか。
気が気でない娘は、2人の仲を磐石なものとするため、引っ越すことにした。
近くで2人のことを見ていられないのは残念だが、背に腹は変えられない。

いくらか年月が過ぎ、娘は2人の関係がどうなったのか気になり、こっそり2人が暮らす街を訪れた。
そしてばったり男と再会してしまう。
どうやら女と結婚しているようだが、やはり娘にも気さくに接してくる。
娘の我慢は限界に達し、衝動的に男の首を刈り取ってしまった。
そして、女を見つけ出し、同様にその首を刈り取ってしまった。


冒頭、娘が蒔いていた種とは、知り合い2人への根回しのことである。
訪れぬ未来と言っている辺り、この時点では娘はうまく行かないと思っていたのかもしれない。

娘の不毛な行為とは、2人の仲を取り持つことである。
他人から見れば、娘の行為は自身になんの得もなく、不毛な行為に見えることだろう。

娘がしていた不毛な恋とは、その2人の関係に対して、である。
2人の関係に恋焦がれ、神聖視し、崇拝すらしていたかもしれない。
娘にとって大切なその関係を壊そうとする者は、誰であろうと許しはしない。
例えそれが2人自身であっても、である。

模範的な数式とされる「3-1」、ここで引かれた1とは娘自身のことだ。
2人の関係という、娘にとって大切なその世界を安定させるため、自身が離れることによってそれを達成した。

娘が男と女の首を刈り取ってしまった理由だが、男が娘に気があるかのような素振りを見せてしまったからだろう。
誰にでも優しい男にその気はなかったのだろうが、娘は過敏に反応してしまった。
結婚までしたのに、この期に及んでまだ自分にとって大切なその関係を壊そうとするのか。
2人の関係が壊れてしまうその前に、美しい今の関係のままで止めてしまえ。
そういった思惑で、男の首を刈り取ってしまったのだ。
そして、関係の変化を完全に止めるために、女の首も刈り取ってしまった。

「3-1+1-2」のうち、最初の「3-1」とは前述の模範的な数式で、最後の「-2」が2人の首を刈り取ってしまった部分である。
では、「+1」とは何か。
これが娘にとっての大切な世界、つまり2人の関係内の変化であるとするなら、結婚した後子供が産まれたのではないだろうか。
よって歌詞の最後、荒野に1人取り残される誰かとは、2人の間に産まれた子供のことである。
ひどい話だ。

子供が2人の美しい関係の結果であるとするなら、子供も娘によって首を刈り取られていそうなものである。
そうしなかったのは、自然に考えるなら子供が産まれていることを知らなかったから、辺りだろうか。


さて、Yieldの話の流れをこのように捉えた場合、仮面の男はこの娘のどこにエルの面影を見たのだろうか。

思うに、それは関係への異常なまでの執着である。
エルは仮面の男と一緒に死ぬことを選んだ。
仮面の男が稼いだ金で治療を続ければもう少し生き長らえたかもしれないし、万に一つ親切な人が通りがかり助けてもらえればもっと長生きできたかもしれない。
エルがそうしなかった理由を仮面の男の視点で考えた場合、考えられる理由の1つがそれである。

エルは仮面の男との関係を至上のものと思っていた。
もし仮面の男が死んでしまうなら、自分も一緒に死にたい。
仮に生き長らえることができたとして、その後他の誰かと結ばれるなんて想像したくもない。
2人が結ばれたままで、美しい関係のままで止めてしまいたい。

エルはそのように考え、自分と一緒に死ぬことを選んだのではないか、と仮面の男は考えたわけである。
であれば、仮面の男がYieldの娘にエルの面影を見ても無理はないだろう。


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