Baroqueに登場する乙女に、仮面の男はエルの面影を見出した。
乙女のどこにその面影を見たのか述べる前に、まずは話の流れを簡潔に整理する。
Baroqueに関しては、話の流れを整理するまでもないかもしれない。
曲中、乙女が事細かに語っているためだが、とりあえずまとめておく。
乙女は幼い頃から臆病な性格をしていた。
それは、物の見え方、感じ方などが他者と異なることに由来している。
その性格から他者との関わりを恐れていた彼女だったが、ある一人の女性が声を掛けた。
乙女は最初こそ戸惑ったものの、交流を重ねる内に彼女のことを好きになっていった。
その想いを抑えることができず、彼女に告白するが、想いは拒絶されてしまう。
そして乙女は彼女を追い詰め、縺れ合うように石段を転がり落ち、彼女を殺してしまう。
周知の通り、乙女には同性愛の気がある。
事実として、同性の相手を好きになっているわけだから、そこに疑問の余地はないだろう。
乙女は常人とは違う価値観を持っていることが示されているが、それが同性愛だろうことは想像に難くない。
しかし、明示されているわけではないので、必ずしもそうとは言い切れない。
もっと別の違いすぎる価値観から他者を恐れている、という可能性もゼロではないだろう。
好きになった相手が同性だったのはたまたまで、尊敬できる相手なら性別にこだわらなかった、というような見方もできそうである。
とはいえ、ある一点において乙女と彼女は『違い過ぎて』いた、と歌詞にもあるので、十中八九その違いというのは同性愛のことだと思うが。
乙女が彼女が殺害してしまったのは、おそらく恐怖に駆られた衝動的なものだろう。
『違う』ことは『個性』であり、『同一であること』ではなく『理解し合うこと』が大切。
他人という異なる存在を、違うからと避けるのではなく、違うということを理解し、認めることが肝要。
そのことを乙女は彼女から教わった。
それによって、乙女は幼い頃から抱えていた『違う』ということに対する恐怖を克服した。
しかし、乙女には誤算があった。
『理解し合うこと』、それができないこともある、ということを理解していなかったのだ。
その結果、乙女は決定的な『違い』から『解り合えない』事態が、よりにもよって愛した彼女との間に発生してしまった。
そして、乙女が最も恐れていた『拒絶』を、彼女から向けられてしまう。
乙女が錯乱してしまうのも無理はない。
そもそも乙女は『違い』に対する恐怖を克服などしていなかったのだ。
それに対する落とし所を得た程度であり、『違い』、そこから生じる『拒絶』に対する恐怖はそのままだったわけである。
やはりというか、Baroqueに関してはあまり語れることがない。
先にも述べた通り、乙女が事細かに語っているためである。
なので、話の流れについてはこの程度でいいだろう。
さて、仮面の男はこの乙女のどこにエルの面影を見たのだろうか。
言ってはなんだが、あまりこの乙女とエルにはあまり共通点がないように思える。
エルは同性愛者だっただろうか?
そんなことはないだろう。
実はエルは男の子だった?
いや、それなら仮面の男が少女たちにエルの面影を見るのが不自然になってくる。
大体、それだと仮面の男の理想がおかしなことになってきそうだ。
実は仮面の男は仮面の女だった?
何を言っているのかよく分からなくなってきた。
やめやめ。
誰かに拒絶され、それが元で殺人を犯してしまう、というようなこともしていない。
行動面に、エルとの共通点は見受けられない。
Baroqueには、他の曲にはない大きな特徴がある。
言うまでもないことだが、最初から最後までほぼ語りで構成されている点だ。
他の曲の場合、歌詞の表現を仮面の男がどう受け取っているかは分からない。
仮面の男がその場にいない可能性もあるし、感性の違いというのもあるだろう。
だが、Baroqueに関しては別である。
仮面の男が最後に登場しているが、それよりも前から近くにいた可能性がある。
そして、歌詞の内容を乙女がほぼ全て語っている。
ならば、その内容を仮面の男が全て聞いていたとしても不自然ではないだろう。
仮面の男が乙女に見たエルの面影、それは乙女の内面にある。
他者との認識及び感覚のずれ、乙女はそれが恐ろしかった。
『違い』の内容こそ一致しないものの、エルも同じように認識や感覚が他者とずれていることを認識していたはずだ。
エルがそのずれを恐怖していたかどうかは分からない。
しかし事実として、エルは死の間際になるまで死を望んでいることを仮面の男に隠していた。
エルが具体的に何を隠していたのかは、仮面の男には分からなかっただろう。
だが、Baroqueの乙女のように『違い』が『拒絶』につながることを恐れて何かを隠していたのでは、と考えても無理はないはずだ。
だからこそ仮面の男は、彼女を赦すと言ったのだ。
エルが隠していた内面がどんなものであろうと、それを認める、理解する。
それがエルの面影を持つ乙女が求めていたものだったから。
まぁ、Baroqueの乙女はエルじゃないんだけど。
ところで、乙女は罪が赦されることを望んではいない。
罪の存在が、殺してしまった彼女との繋がり、絆であると信じている。
神にさえも赦させはしないとまで言っている。
そこに、ならば私が赦そう、とか言いながら出て行って大丈夫だろうか。
だから赦させねぇっつってんだろ、と石段にぶっ飛ばされたりしないだろうか。
私は心配である。